東日本大震災による松原被災情報

「希望の松」生命の息吹ふたたび

7月3日、樹冠部における新芽の状態を調査した結果、新芽が伸び、緑葉は2〜3cm程度伸長し、球果も形成している状態が、樹冠部のあちこちに点在していることが確認できた(写真1・2)。

希望の松は依然として樹勢を維持し、枝条の先端まで水分を吸い上げていることが明らかとなった。以下にこれまでの対策経過を述べる。

新芽の伸び、球果の形成を確認

写真1 新芽の伸び、球果の形成を確認(アイアカ、アカマツに近い中間種)

新芽は樹冠部に点在して広がっている

写真2 新芽は樹冠部に点在して広がっている

5月12日、住田町において住田町長ほかに対し、調査・第1次対策の評価および第2次対策について説明した。翌13日、降雨後における希望の松周囲の排水状態は悪く(写真3)、海側から樹冠部を観察したところ、葉色の変化が確認された(写真4)。

 

雨水の停滞状況

写真3 雨水の停滞状況(5/13)。すでに、幹巻き、水位観測パイプ埋設、海水侵入防止のため周辺に土嚢積み上げを実施。

葉の変色を確認

写真4 海側からの観察により葉の変色を確認


 

5月26〜28日、掘削すると地下60cm程度で塩分を含む地下水が滲出していた(写真5)。地盤沈下により、汀線は希望の松まで30〜40mに近づき、津波から70日間以上も地下水に浸かったままの深い方の根はすでに機能していない。健全な根は地表から50〜60cm程度の範囲内で生育している見込みのため、地下水の影響の及ばない、少しでも根の生育できる場所を確保するため、通気性の維持も考慮しバーク堆肥の混合砂を、海に向かい地表面の高い左側10cm程度、地表面の低い右側20cm程度を目安に覆土した(写真6)。この盛土の上に稲藁を全面に敷き詰め、防風、高潮による流亡を防ぐため葦簀を張り、竹・縄で固定した(写真7・8)。このマルチング(稲藁敷き+葦簀張り)は、これから夏に向けて日射による地温上昇・蒸散を抑え、根の生育を保護することを意図している。さらに、通気性維持のためDOパイプ敷設(パーライトを詰めた筒状の資材)、発根促進のため液肥・活力剤の水和剤を地表から散布した。

 

地下60cm程度に塩分を含む地下水滲出

写真5 地下60cm程度に塩分を含む地下水滲出

バーク堆肥混合砂覆土

写真6 地表近くに根の生育域を増やすためバーク堆肥混合砂を10〜20cm覆土


稲藁を敷き詰める

写真7 稲藁を敷き詰める

葦簀張り、竹杭と縄で固定

写真8 葦簀張り、竹杭と縄で固定


 

樹冠部の葉の変色が進む

写真9 樹冠部の葉の変色が進む

5月28日、樹冠部の観察を行った結果、葉の変色は全体に進行していた(写真9)。しかし、新芽の伸びを部分的に確認することができ、樹冠上部3ヵ所において樹皮を除き松脂の滲出を観察したところ、3ヵ所とも松脂は順調な出具合であったことから、樹勢を維持していると判断した(写真10・11)。前回の調査で見つかったカラスの卵5個から雛が3羽孵っていた(写真12)。


 

新芽の伸びを確認

写真10 新芽の伸びを確認

松脂の滲出を確認

写真11 松脂の滲出を確認


カラスの卵
雛3羽

 写真12 カラスの卵・4/22(左)と雛3羽・5/28(右)

 

6月12〜14日にかけて、防潮、日射対策のため、さらに地上15mより上の幹巻きを菰(こも)により実施した。あわせて、懸案であった海水の地中浸透を少しでも遅らせるため止水パイルを敷設した。作業は、現場整地、クレーン作業のための鉄板敷、25tラフターによる矢板の打ち込みである。矢板1枚のサイズは幅40cm×長さ6m、これを15m×15mの範囲に深さ5mまで埋設した(写真13)。この止水パイルの枠組みにより、周囲からの海水混じりの地下水侵入をおおむね遮断することができた。地下水位の観察および排水のため、4角に1.5m程度の深さに有孔管を埋設(φ350mm、L=2.0m)した。4t散水車により気仙川から取水した真水を地表面から注水(写真15)、地下水の塩分濃度の変化を確認した。真水注水前に、2ヶ所で採取した地下水の塩分濃度は、0.52%weght、0.66%weght、参考に海水の値は4.2%weghtであった。

現在、パイル内の気仙川側、海側、内陸側の3辺について深さ80cm程度に掘削、写真14に示す有孔管に集水し、一定の水位に維持するようポンプ排水を適宜実施している。望遠レンズによる観察から、緑葉が部分的に残っていることを確認した(写真16)。

 

幹上部の幹巻き、止水パイル敷設

写真13 幹上部の幹巻き、止水パイル敷設

1角に集水した有孔管からポンプにより排水

写真14 1角に集水した有孔管からポンプにより排水


真水を表面から注入

写真15 除塩と酸素供給のため散水車により気仙川の真水を表面から注入

部分的に残る緑葉を確認

写真16 部分的に残る緑葉を確認


 

周囲に残されたマツ根株を観察すると、マツの直根は下まで伸びきれず一定の深さで根腐れなどから退化し、2段根(本来の位置と地表に近い位置の2ヵ所に発根)も見られ、もともとこの松原が相対的に地下水位が高かったことを類推させる(写真17)。

伸びきれていない直根

写真17 周囲にあるマツの直根は一定の深さまでし

か伸び切れていない

当初松原の本体とユースホステル側は海水により分断されていたものの、次第に砂嘴に砂が戻り始め現状では徒歩で松原側へ渡ることができる(写真18・19)。

7月3日、新芽の伸びが樹冠部に点在している状況が明らかとなった。枝を切除した断面から松脂が滲出し、形成層組織も活力を維持していた(写真20)。今の所、葉量がごく僅かであることから、葉面からの水分蒸散をなるべく穏やかにするため、蒸散抑制剤の水和剤を散布した。さらに、応急措置としてホースを繋いだスプリンクラーのノズルを樹冠部に取り付け、降雨の不足時に葉に散水する準備を整えた(写真21)。


ユースホステルから松原方向は海流により分断

写真18 ユースホステルから松原方向は海流により分断(5/13)

砂嘴に砂が戻る

写真19 砂嘴に砂が戻り徒歩で常時松原側に渡れる(6/12)


枝の切断面、松脂滲出と形成層組織の活性を確認

写真20 枝の切断面、松脂滲出と形成層組織の活性を確認

スプリンクラーの取り付

写真21 スプリンクラーの取り付


 

7月4日、陸前高田市で対策を開始して初めて、地元市長である戸羽太氏にこれまでの経過説明を行った。戸羽市長は全国の自治体関係者の訪問を受けた際に、必ず希望の松について質問を受けているという。今回はひとまず市長と陸前高田市民の皆様に朗報をお届けすることが出来た。

希望の松がこの夏を乗り切れるか、まだまだ厳しい状態に置かれていることに変わりはない。ただ、ふたたび、このマツの意志が生きようとする方に向かい始めている。